コラム:ドル高期待を狂わす95年以来の異変=佐々木融氏

コラム:ドル高期待を狂わす95年以来の異変=佐々木融氏
 7月15日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融・債券為替調査部長は、米利上げ期待が高まる中でドルが軟調に推移している背景の一つに、米国の直接投資をめぐる1995年第4・四半期以来の異変があると指摘。提供写真(2014年 ロイター)
佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 債券為替調査部長
[東京 15日] - 15日の日銀金融政策決定会合では予想通り政策変更は行われず、その後の黒田東彦総裁の記者会見も特に目新しい発言はなかった。
ただ、興味深いのは、コアCPI(生鮮食品を除く消費者物価指数、消費税率引き上げを除くベース)前年比に関する全委員の見通しの幅を見ると、2014年度の最小値が1.0%と4月時点の0.9%から切り上がり、15年度の最小値も同じく1.0%と4月時点の0.8%から切り上がっていることだ。
つまり、日銀政策委員全員が消費増税の影響を除くコアCPI前年比は当面1%を下回らないと予想するようになっていることを示している。日銀のデフレ脱却に対する自信は、ますます深まっているようだ。
これで今年の日銀追加緩和の可能性は、一段と後退したと言える。以前ならば円が多少買い戻されてもおかしくない状況だ。しかし、政策発表後、黒田総裁会見後も円相場に目立った動きはなかった。昨年世界中の注目を集めた日銀の金融政策はこのところ大きな動きもなく、海外勢もしばらく追加緩和はないとの見通しを強めつつあり、関心が逸れつつあるようだ。
<為替は一般論通りに動かない>
一方で世界の投資家の注目は、動きが出始めた米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)のほうに移りつつあるのかもしれない。ECBは6月5日の会合で政策金利を0.25%から0.15%に、預金金利を0%からマイナス0.1%に引き下げた。そして7月3日の会合では、ターゲット型長期流動性供給(TLTRO)の詳細について発表した。
また、FRBはたんたんと毎回の連邦公開市場委員会(FOMC)で債券購入額を100億ドルずつ減少させており、7月9日に公表されたFOMC議事要旨では出口戦略に関する検討内容も明らかにした。
FRBとECBの金融政策は明らかに逆方向にあり、為替相場に対するインプリケーションとしては一般論ではドル高/ユーロ安ということになるが、7月15日現在のユーロドル相場は1ユーロ=1.36ドル近辺と、ECBが利下げを行う直前とほぼ同レベルになっている。為替相場は、必ずしも金融政策の方向性が示す方向に素直に動くとは限らない。
黒田総裁は15日の会見で「一般論として、金融引き締め方向にある国の通貨は買われ、緩和方向にある国の通貨は売られる」と発言した。確かに一般論としてはその通りだが、為替相場はその通りには動かないことが多いのである。
5月の本コラムでも触れたが、FRBの量的緩和政策(QE)と米金利の関係も単純なものではない。過去2回のQE(QE1とQE2)では、資産購入プログラムが終了するかしないかのタイミングから、終了後しばらくの間にかけて、米国の長期金利は低下傾向をたどっている。QEが終了するということは、FRBが債券の購入を止めることであるから、本来は逆の動き、つまり債券価格が下落して金利が上昇することを予想するのが一般的だろう。しかし、現実の金利の動きはその逆になっている。
FRBの利上げ局面とドルの動きも、一般論とは異なる。過去2回の利上げ開始時(1999年6月と04年6月)前のドル実効レートの動きを見ると、興味深いことに両方のケースで利上げ開始10カ月前頃にドルがピークを迎え、そこから利上げ開始6カ月前までの約4カ月間、下落トレンドに入っている。この4カ月間のドル実効レートの下落幅は、ともに約8%と比較的大きい。
また、両方のケースでその後ドルは反発するが、実際にFRBが利上げする前に反落する。そして、ドルはFRBが利上げした後も下落を続けている。04年6月のケースでは、利上げが行われた時点から5カ月後にはドル実効レートは7%も下落している。
04年6月の利上げにもかかわらず、その後ドルが下落トレンドをたどった背景を振り返ると、当時は原油価格上昇と米経常赤字拡大が材料視されていた。経常赤字拡大については「材料視」されていたというよりは、実際にドル売り圧力になっていたのだろう。当時、米国の経常赤字は拡大の一途を辿っており、対国内総生産(GDP)比5%(現在は2%台)以上の赤字を垂れ流していた。
つまり、為替相場にはさまざまな要素が影響してくるため、金融政策の方向性の違いだけで動くわけではない。したがって、金融政策からみた一般論通りには動かないこともあるのである。今回もFRBの利上げ期待が高まり、米2年物金利が上昇しているにもかかわらず、ドルが依然として軟調に推移している理由が他にあるはずである。
<経常赤字上回る対外直接投資超>
その一つとして考えられる興味深いデータがある。第1・四半期のデータまでしかないので、直近も同じ動きが続いているかどうか定かではないが、第1・四半期の米国の対内直接投資は1123億ドルの流出超となっている。
通常、米国の対内直接投資は流入超で、昨年の流入額は四半期平均で737億ドルとなっている。これが今年第1・四半期には一気に1000億ドル以上の流出超となっているのである。
ちなみに、米商務省によると、同じ基準でデータが遡れる1982年以来、対内直接投資が流出超となったのはこれまで1回(03年第2・四半期)しかないが、この時はわずか7億ドルの流出超だった。商務省による解説とさらに詳細なデータを見ると、欧州企業が米国に対する直接投資を引き揚げたもようである。
これを受けて、第1・四半期のネット直接投資は1725億ドルの流出超となっており、経常赤字額さえ上回っている。通常、米国はネット対外直接投資超となっているため、経常収支、ネット対外直接投資双方でドル売り方向の圧力が加わることになるが、ネット対外直接投資による流出額が経常赤字額を上回ったのは95年第4四半期以来のことである。
このフローが実際にドル売りを伴うものかは定かではないが、仮に一部でもドル売りを伴い、かつ同じような動きが第2・四半期も続いているのであれば、米金利が多少上昇したとしても、ドルが上昇トレンドをたどるのは難しいだろう。
これが、米国が金融引き締め方向に向かっているにもかかわらず、ドルの弱い地合いが続いている背景の一つかもしれない。
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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