ものづくりを通して人をつくる、丹青社の「人づくりプロジェクト」(2)

ものづくりを通して人をつくる、丹青社の「人づくりプロジェクト」(2)

デザイナーとの真剣勝負で生まれた、はじめてのプロダクト

デザイナープレゼンテーションから3か月。それぞれの班が試行錯誤してつくりあげたプロダクトが完成し、研修の成果発表会では役員に向けたプレゼンが行われた。プレゼンを終えた直後に行ったインタビューでの発言も交えながらお伝えする。

丹青社チーム『KSMTY』

参加デザイナー:上垣内泰輔さん・竹田佳史さん
プロダクトのテーマ:道具箱

テーマの「道具箱」から発想し、完成したのは公園に持っていって多機能に使える家具だ。椅子になったりテーブルになったり、ひとりで読書などに没頭できるようなスペースになったりと、使い方は人によって自由自在。それぞれのわがままを叶えてくれる「道具箱」は、それぞれの“新しいケシキ”を見せてくれるものとなった。ポイントにした点は、5人が本当にほしいと思えるまで妥協しないこと、考えて新しい使い方を生み出すということだ。

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イスという用途だけでなく、立食の際のテーブルにすることもできる。人が集まってくるようなプロダクト

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1人でゆっくりと過ごす時間にも向いている

道具箱の持ち主となる、参加デザイナーの竹田さんから、『これなら公園に持っていくね!』と言われたのが何より嬉しかったという新入社員の3人。

須田怜那さん:最終的には良い形になったが、もう少し詰められたところもあると思う。実現可能な提案をしていくには、”今”何をしなければならないかをチームで明確化し、同じ方向を見て進めていくことが大事なんだと学びました。

森北沙恵子さん:自分でほしいと思えるものが完成して良かった。プロジェクトに携わるには、経験や知識だけでなく、自分が納得できるまで考え尽くすことも必要だと知りました。

矢嶋純也さん:誰かのつくりたいものをつくるという姿勢では、自分もチームもまわりに振り回されてしまうということを実感しました。今後は何事も自分事としてモノづくり、空間づくりを行っていきたい。

橋本チーム『Swinging string』

参加デザイナー:橋本潤さん(フーニオデザイン)
プロダクトのテーマ:ひも

「ひも」というテーマから具体化していき、完成したのは“ひもの動きを表現した脚部が天板を支える、ローテーブル”だ。天板のガラスは外せるようになっていて、脚部はさらに上下反転させられる仕様。反転したときの印象のちがいが大きな特徴となっている。脚部は白い塗装が施されており、白い床の上に置いた際はミルククラウンのよう。ポイントにした点は、ひもの美しいラインをプロダクトに落とし込むこと。

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白い空間に置くと、プロダクトが溶け込むような雰囲気に

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さまざまな角度によってラインの見え方が変わって見えるため、人それぞれお気に入りのラインが生まれる

小川真大さん:デザイナーの橋本さんは「100日間の中でどこまでいけるか」とおっしゃっていました。限られた時間の中で妥協せず、最後まで粘りに粘って、突き詰めて考えた結果、この形に出会うことができたのが本当に嬉しかった。長さや角度ひとつでも真剣に悩み、決めていったこのテーブルにはかなり愛着を持つことができました。今後も、いくらほんのわずかなことでも「このくらいでいいや」ではなく、「これがいい」と言い切れるものづくりを常に大切にしていきたいです。

前川玲葉さん:もっと突き詰められる部分もあると思うけど、素直にこのプロダクトへの愛情を持つことができたと感じています。新入社員であれば普通は教えてもらったり学んだりと受け取ることが多いですが、自分たちから意見や考えを発信し、さらにそれを取り入れてもらえることはすごいなって思います。このプロジェクトで楽しさ、苦しみ、感動、さまざまなことを感じました。たくさんの学びと経験を得ることができて充実していました。

鳴川チーム『ゆうれいのみえる鏡』

参加デザイナー:鳴川肇さん(慶応義塾大学 鳴川肇研究室)
プロダクトのテーマ:ゆうれいのみえる鏡

V字の鏡を使ってゆうれいを見ようというコンセプトのもと、普段は平面1枚の鏡だが、後部の棚を開くと、鏡がV字に変化する駆動式の洗面鏡をつくった。1枚の鏡に映った自分はいつもと同じ見え方だが、棚が開いてV字の鏡になった途端、鏡像ではない自分の姿、すなわち他人からみた自分の姿が映し出される(=非日常)。実制作に入る際、制作会社から「これでは複雑すぎて動かない」と言われてしまったが、きちんと精査した設計図を信じて制作を依頼。完成後、無事に動くことが証明された新入社員の2人。デザイナーの鳴川さんからも「イメージしていた通りです」という言葉をもらったという。ポイントにした点は、日常、非日常の切り替わりをつくりだすこと。

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平面1枚の鏡に映った自分はいつもと同じ見え方(=日常)

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棚を開けて鏡がV字になると、他人から見た自分の姿が映し出される(=非日常)

曽我明宏さん:製作会社の方からNGが出たときにあきらめてしまっていたら、目指している動きは実現せず、ゆうれいのみえる鏡をつくることができませんでした。デザイナーとつくったコンセプトを大切にし、自分たちの創造力と発想力を信じてまわりの人を巻き込むことができたのがとても得難いことでした。実現可能な道筋を自分で考え抜き、できる方法を新しく見つけては推進していくことが私たちの重要な役割のひとつだと思いました。今後も徹底的に考えてみることで、意匠面でも事業面でもクリエイティビティを発揮していきたいです。

高橋朋之さん:これまでに経験したことのない「人とともに行うものづくり」を味わいました。一緒にプロジェクトを進めた慶大生たちも完成をとても喜んでくれたのが嬉しかったです。プロジェクトの過程で「やめなさい」「諦めなさい」っていうことを一切言われなかったので、すごく自由にやらせてもらった感覚があります。これからも新しい発想を形にしていく場面にはたくさん出会うと思います。今このタイミングでどんな手法が適切なのかということをつねに考え、創造という活動を着実に進めていくことのできる人になっていきたいです。

いつでも振り返れる場所になる、人づくりプロジェクト

2005年から始まったこのプロジェクトを推進する主管部門は、ネーミングからしてどんな仕事をしているんだろう…?と気になる「人材企画課」。企業として財産である「人」に投資しようということから人事部とは別に専任部署として取り組んでいる課だ。人材企画課・課長の松山新吾さんと、人材企画課・担当部長の松村磨さんに掲げるテーマの意味や新入社員の変化について話をうかがった。

松山:2014年の「〇〇の居場所」、2015年の「私たちがオクルモノ」というテーマに関しては、2つの意味を含んだものでした。

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歴代のポスター(上段左から時計回りに:2016年、2015年、2014年、2011年、2012年、2013年)

「〇〇の居場所」については、単純にそのままの意味と、デザイナーさんや制作してもらう職人さんなどがいる中で、新入社員は思考や行動でどのような立ち位置、居場所を持てるかという意味を含んでいました。「私たちがオクルモノ」については、成果物、デザイナー、協力会社の人たちに自分が参加したことでどんな証を贈れるか、という意味も持っていました。居場所を見つけて、何かを贈って、そして今年はそこでどんな“新しいケシキ”が見えるか?という意味で「新しいケシキ」というテーマにしました。

プロジェクトの経験前と経験後で感じる、新入社員の変化

松村:わかりやすいところでいうと、話しぶりを聞くことで成長がリアルにわかりますね。普通は成長って客観的にわからないと思うんですが、プロジェクトが進んでいくと話す内容が変化していくんです。

松山:実際の仕事で悩んでいることにも通じてくるので、人づくりプロジェクトを経験した社員から、配属された後の実務上の仕事の相談を受けた時に「コンセプトがぶれてるんじゃない?あのプロダクトをつくった時のことを思い出してみなよ」って人づくりプロジェクトに置き換えてもらうと、すぐ腑に落ちてくれますね。

松村:そういう時はみんな、他人事になっちゃってるんですよね。このプロジェクトみたいに自分事としてしっかり進めることができれば上手くいくんだと思います。だから、こういう立ち戻れるというか、振り返る場所があるっていうのはすごく良いことですよね。僕らの頃にはなかったので、うらやましいです(苦笑)。

計3回ほど各チームに話を聞いたが、徐々にデザイナー主体ではなく、自分たちが主体となってプロダクトを完成させるという気持ちが出てきているようだった。デザインワークや制作の段階でコンセプトがぶれてしまい、コンセプトワークに立ち返ることもあったが、全員が自分事としてひとつのプロダクトの完成を目指していた。プロダクト完成後に社内で行われた成果発表会には、以前プロジェクトに参加した社員も見にきていたそう。若手社員にとってのひとつの原点となっているプロジェクトに3か月にわたって関わり、がむしゃらに頑張る姿勢を思い出させてもらった。そんな汗と涙の結晶であるプロダクトは、10月13日から六本木のアクシスギャラリーで見ることができる。会期中にはデザイナーによるギャラリートークも行われる。

“仕事の作法”を通して組織としての人づくりについて考えを深めたい方や、これから社会に出ていくにあたってプロジェクトに取り組む姿勢を学びたい方、双方にとって意義のある展示になりそうだ。

「人づくりプロジェクト展2016 あたらしいケシキ」
会期:2016年10月13日(木)~18日(火)
時間:11:00~20:00(最終日のみ17:30まで)
会場:アクシスギャラリー
詳細:http://www.tanseisha.co.jp/news/info/2016/post-17457
(プロダクトの完成写真 撮影:尾鷲陽介)