英国離脱とトランプ当選。世界をひっくり返したビッグデータ会社を畏怖せよ

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英国離脱とトランプ当選。世界をひっくり返したビッグデータ会社を畏怖せよ

トランプの執務机は、パソコンがないことで有名です。メールもやりません。「友達の半分が不倫の写メで訴訟地獄だから」と本人は理由を語っていましたが。

いろいろ不便なので秘書がスマホをすすめたらツイート止まらなくなって老朽Androidをいまだに手放せなくなっていますけど、基本的には、「秘書にWebページをプリントアウトさせて読む社長」。ローテクです。

そんなトランプを当選に導いたビッグデータ解析企業の話がちょっと前にMotherboardに載っていて、面白くてついつい読んでしまったんですが、読後にいや~な感じが残る話でした。

要するに、「いいね」を何個か見るだけでマシンはほぼ完ぺきに個人のプロファイリングができるんですね。そして、そのプロファイリングをベースに「対立候補に絶対投票したくなくなる情報の欠片」をひとつ吹き込むだけで面白いように票が動く。つまりはピンポイントのマインド操作。それができる時代になり、なおかつ、それをやる会社が現れたのに、あんまり誰もその恐ろしさに気づかぬままズルズルとここまできてしまったってことなんです。イギリスも、アメリカも。

2つの震天動地のできごとを生んだその会社というのは、41歳のAlexander Nix CEO率いる英国の新興企業「ケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)」です。ここはBrexit(イギリスのEU離脱)運動初期の離脱派組織「Leave.EU」と、トランプ選対本部のオンラインキャンペーンを請け負いました。

イギリスのEU離脱というショックも冷めやらぬうちにトランプが当選し、世界が真っ逆さまになる中、同社は「わが社のコミュニケーション解析データへの革命的アプローチがトランプ新大統領誕生に貢献した」というCEOのコメントを添え、成果を喜ぶプレスリリースを出しました。

ここで言う「革命的アプローチ」というのは、同社が独自に開発したものではありません。おそらくはスタンフォード大学ビジネススクール准教授で集団行動心理学が専門のMichal Kosinski(マイケル・コジンスキー)博士の理論をそのまま実践したものです。用語から何からそっくりなんで、まあ、誰が見てもってことらしい…。

コジンスキー博士はサイコメトリクス分野の第一人者として、ビッグデータとデジタル革命の危険性について海外を講演で飛び回っています。警鐘を鳴らすつもりで実験データを公開したら、警鐘で魔物が目を覚まし、博士が恐れていた方角に時代が動いてしまったというわけですね。

記事は冒頭、講演で訪れたチューリッヒのホテルの一室で、誰も予想だにしなかったトランプ当確のニュースを博士が呆然と眺め、そして深いため息をひとつついてTVを消すシーンからはじまります。

始まりは、あるアプリ

コジンスキー博士は、2008年にワルシャワ大から英ケンブリッジ大学博士課程に進学し、そこの世界最古級のサイコメトリクス研究所で同じ院生のデヴィッド・スティルウェルさんと組んで、ある実験を行ない有名になりました。

ちょうどふたりが出会う1年前にスティルウェルさんは、性格を決定づける要因といわれる「ビッグ・ファイブ」に基づく性格診断アプリ「MyPersonality」をFacebook(当時はまだ小さかった)でリリースしたばかりでした。

心理学の世界で言うところの「ビッグ・ファイブ」とは、次の5つのこと。

1)Open:開放性
2)Conscientious:誠実性
3)Extraversion: 外向性
4)Agreeableness:強調性
5)Neuroticism:情緒安定性

頭文字をとって「OCEANモデル」。アプリは、この5つを占う簡単な質問に答えていくと「あなたの性格は~です」と診断されるやつですね(興味のある方はここにオンライン版があるのでトライできます)。

アプリ版では、ユーザーが許可すればFacebookのプロフィール情報も収集できます(ここ重要)。最初は何十人か集まればそれでいいやって感じでリリースしたんですが、Facebookがデカくなるにつれ数千、数万と増えていき、あれよあれよという間に、世界最大のFacebookベースの性格診断のデータセット「MyPersonality」を手にしてしまったのでした。

博士のサイコメトリクス分析の精度

その後の解析方法は単純です。性別・住所・年齢などの属性と、Facebookで何をいいねして、何をシェアしたのか、それを結び付けていく作業ですね。それをコツコツやっていったら、普段の人づきあいではなかなか見えてこない人の行動パターンがいろいろ浮かび上がってきたのです。たとえば…

・MACをいいねする男はゲイの可能性がやや高い

・ウータン・クランをいいねするやつは、ほぼ間違いなくストレート

2012年には、68件の「いいね」を見れば、ここまでの命中率で人のプロファイリングができるようになりました。

・肌の色は95%の確率で当てられる
・性的指向は88%
・支持政党は85%

それはまあわかるだろうなって思いますけど、違うんです。知能、宗派、酒・たばこ・ドラッグの使用、親が離婚しているかどうかまでわかっちゃうんですね。さらにコツコツやっていったら…

・いいね70件を見れば友達
・いいね150件を見れば両親
・いいね300件を見れば伴侶よりその人のことがよくわかる

…というところまでいっちまいました。やっべーっていうことで、この結果をさっそく論文にまとめて発表。するとその当日のうちにコジンスキー博士のもとには2本の電話が舞い込んできました。1本は訴えるぞという脅迫。もう1本は、どうだ、うちで働いてみないかという採用オファー。どちらも電話の主はFacebookでした。

いいねがデフォで非公開になったのは、それから数週間後のことでした。

性格判断の逆引きもできる

Facebookにプロフィール写真が何枚あるか、友達が何人いるか、それでもビッグ・ファイブの性格判断はできます。さらにスマホはもっとその人のことがわかります。「無意識のときまで、ずっと性格判断テストの答えを埋めてるようなものだ」とコジンスキー博士はうまいこと言ってますけど、今はかつてない情報量でデジタルのプロフィール情報は蓄積されており、まさに博士にとっては天からの恵み。

しかし、博士のサイコメトリクス分析は、行動から性格の逆引きができるので、使い方を一歩間違えると心を操作できてしまう。それに気づいてから博士は論文に、「これは人間の幸せ、自由、人生すら台無しにする恐れがある」と警告を添えるようになったんですが、誰もその真意を理解する人はいませんでした。

そして2014年はじめ、ある会社に頼まれたということで同じケンブリッジ大学のAleksandr Kogan心理学准教授からアプローチがありました。例のデータセットが欲しいというんですね。会社の名前はなかなか教えてくれなかったんですが、やっと名前を聞き出したら「SCL」とのこと。ググってみたら「選挙管理代理店」とあります。所有者がだれで、子会社がどこで、というのもよくわからない会社ですが、各国でいろんな心理分析ベースのプロパガンダ活動を行なっており、ここからアメリカ大統領選に向けて2013年にスピンオフしたのが「ケンブリッジ・アナリティカ」というわけです。

Kogan准教授はコジンスキー博士のメソッドを同社に紹介すると同時に、自分でもSCLの取引先会社を設立していました。それが英紙The Guardianにすっぱ抜かれ、選挙の世論操作の会社と協業させられたんじゃたまったもんじゃないと思ったコジンスキー博士は連絡をストップ。大学に通報し、すったもんだの騒ぎとなります。やがてKogan准教授はシンガポールに高跳びして結婚、名前をDr. Spectreに変え、一方のコジンスキー博士は地球の反対側の米スタンフォード大学に飛んで今に至るというわけです。

やがて1年後。Brexitキャンペーン2派のうち急進派「Leave.EU」がビッグデータ会社を雇ったことを発表。ようやくケンブリッジ・アナリティカの名前が世に出ます。「OCEANモデルでデジタルのフットプリントから人格分析し、マイクロターゲティングを行なう画期的選挙マーケティング手法」という触れ書きを読んで、みんなてっきりコジンスキー博士が噛んでるものだと思って博士に連絡してきたんですが、博士にはなんの心当たりもありません。そうこうするうち英国のEU離脱が決まって、「なんてことしてくれたんだ!」と行く先々で言われ、説明に苦労する毎日に。

しかしその苦労もこの動画で終わります。投票1カ月前の昨年9月、NY市内のホテルで開かれたコンコーディア・サミットで、トランプが雇ったデジタル戦略担当マンとしてケンブリッジ・アナリティカのAlexander Nix CEOが登壇。博士のOCEAN分析をわがもの顔に披露したのでありました。

video: Concordia

トランプが「みんな俺様のことをそのうちMr. Briexitと呼ぶようになるぞ」という意味深なツイートをしたのは、それから数週間後のことでした。

***

この先は割愛させていただきますが、要はトランプの発言はすべて計算し尽くされているってことです。もともと言うことがコロッコロ変わる人格なことも、マイクロターゲティングで情報をカスタマイズする面では好都合でした。一番その人が聞きたい情報をフィードすればいいんです。確固たる政治信念をもって生涯捧げている人ではなかなかそうはいきませんからね。

メールもやらないローテク・トランプですが、会社を見る目だけはあった、しかもクリントンよりずっと安上がりにできた、オバマのルールブックを踏襲したクリントンはまったく太刀打ちできなかった、ということです。この会社の役割がどの程度のものかは知る由もありませんし、もしかしたら反対陣営も同じことができたのに倫理的な懸念からやらなかったということだって考えられますが、ほんとに怖い時代になりました…。

トランプの大統領顧問ケリーアン・コンウェイが「オルタナティブ・ファクト」と言ってるのは実は正直な言葉で、われわれは隣の人と別々の月を見ている時代に入ってしまったのかもしれません。

top image: Twitter
source: Motherboard, YouTube, The Guardian
参考: Wikipedia, Apply Magic Sauce

(satomi)